58.8月上旬の活動記録
 1日は岩根小学校でラジオ体操を行った後で豆の芽の間の雑草を引き抜き水を撒き、体操から帰って事務所で雑件を処理し、早めの昼食を摂ってからシャワーを浴び服を着替え君津高校同窓会総会に向かう。
 
 14時から役員で担当の確認を行い、15時から渡辺書記(9期)が総合進行を行い、内田会長(5期)が議長を務め、顧問の島崎校長も参加の元で前年度事業報告と決算、今年度事業計画と予算及び今年度役員案が承認された。今年度予算の特徴は高校版ふるさと納税制度を使用して高校の学習環境を整える「アンビシャスプロジェクト」に基本積立から百万円を支出することである。地元を離れた同窓生より多くの寄附が届いて欲しいものである。45分ほどで総会は終わり、16時から隣の部屋で懇親会を始め、世代を越えて仲を深めることが出来た。
 
 2日は岩根小学校でラジオ体操を行った後で畑に水を撒き、帰宅して朝食を摂ってから妻子と供にアカデミアホールに行き娘の工作体験に立ち会う。参加したコースは11時からのアルミ皿加工と13時半からの竹灯り造りで参加料は各々2500円であった。
 
 帰り道でイオンモールに立ち寄り買い物を済ませ、帰宅して夕食を摂ってから事務所に籠もり翌日からの準備とHPの更新を行った。
 
 3日は岩根小学校でラジオ体操を行い、帰宅してシャワーを浴びて着替え、朝食を摂ってから家人に木更津駅西口に送ってもらい、8:45に迎えに来た富津市と君津市の議員が先に乗っているバスに同僚の木更津市議とともに乗り込み賢友会の行政視察を開始する。四市合同の研修会は
2017年11月13日~14日以来であり、企画は各市から2人の若手議員が実行委員に選ばれて計画が建てられており参加費用として積立の他に旅費も自己負担している。袖ケ浦市の議員が袖ケ浦市役所で乗車し、アクアラインを渡り、途中茅ヶ崎で昼食を摂ってから小田原市役所に到着する。バスは市役所に停めて徒歩で小田原市立総合医療センターに入り箱根の山を見渡せる5階会議室で研修を始めた。
 
1.神奈川県小田原市
 市制施行 昭和15年12月20日
 人口 184,336人(令和8年7月1日現在)
 面積 113.60km2
 令和8年度一般会計当初予算額 792億円
 財政力指数 0.90 (令和6年度)
 研修項目 病院経営の安定化に向けた取組について
 かずさ四市が事務組合方式で運営する君津中央病院企業団は経営状況が厳しくなり負担金の増額を求めているという噂を聞くが、小田原市立病院は平成28年度より黒字を続ける公立病院であり、本年5月4日に新しい施設の解説とともに総合医療センターと名称を変更して運営が始められているので、四市の30人の議員とともに君津中央病院の管理者を始めとする幹部職員4人と取組状況を視察することになった。
 
 視察は小田原市議会の井上議長と川口病院長の挨拶で始まり、小田原市より病院に派遣された事務職員より取組内容についての説明が行われた。小田原市を中心とする2市8町の35万人をカバーする唯一の三次医療機関であり平成17年度までは経営赤字も生じていたがコンサルを招き検討を進め選ばれる病院を目指した改革を進めている。救急搬送は95%以上受け入れる事を目標に掲げてそれを達成しているし病床の稼働率を90%以上に維持するため患者へ満足度調査も実施している。入院患者の約2/3が小田原市民で市立病院として特別会計で運営しているが県域の1市8町も同等の人口があり議会からは負担を求めてはという声も出ているようだが基準内繰り出しとして約13億円を小田原市が単独で負担している。そのため市から出向している職員はより一層コストに敏感に成っているようで病院業務に精通したプロパー職員の要請を検討しているという。経営については医師も意識改革を進めており高額な医療設備の導入には経営への寄与を病院長から求められるなど徹底している。君津中央病院では医師の派遣に千葉大の力が大きいが小田原では横浜私立大を含め5つの医局から派遣され病院間での人事交流を行い常に新しい風を入れている。県域にある県立足柄上病院から地域周産期母子医療センターなどを小田原に集約して広域連携を図りながら県より補助金を得ていることやICUの遠隔捜査など新しいことに取り組んでいることも感心させられる。
 
 会議室での質疑応答を終えて施設を見学させていただいた。本年開業の施設はバックヤードも広く綺麗で使いやすそうだし、ヘリポートも立派で、免震の機能も高い要求に応え、50%以上の省エネを達成してゼブレディの認証も得ている。隣接する旧病院は解体中で跡地に正面玄関や立体駐車場を整備する予定であり完成後は更に良くなるのだろう。ただし建設事業費高騰の影響で当初予算の倍近い300億円弱まで増大し、今後の償還が病院事業に与える影響も大きそうで約10年続いた黒字が継続されるか注視したい。なお、帰宅後に総務省のHPから令和6年度決算損益書を抜粋引用し、旧病院であった頃の小田原と君津中央病院の損益を比較したものが下表である。
項目  君津中央 旧小田原 新小田原
建物面積 52,379 24,393 42,234
病床数 660 417 406
病床利用率 74.3 90.7
総収益 [A] 千円  23,453,825  15,737,350
医業収益 千円 20,878,762 14,423,414
医業外収益 千円 2,574,569 1,302,859
特別利益 千円 494 11,077
総費用 [B] 千円 24,031,102 14,936,191
医業費用 千円 22,410,573 14,217,218
医業外費用 千円 1,604,201 701,918
特別損出 千円 16,328 17,055
収支差額 [A-B] 千円 -577,277 801,159
 君津は5億8千万円程度の赤字になっているが小田原は医療収益の範囲内で医療費用を賄っており収支は8億円の黒字である。注目すべきは病床利用率に16.4%の差があることである。施設が新しくなり建築面積が73%も増えながら病床数は減らしている。患者1人あたりの面積を増やすとともに個室の比率も高めており、最高の特別室は2市8町の住民であれば22000円/日であり県域外の利用だと30800円/日という快適さと贅沢にも驚かされた。ともあれ視察を終えて夜に合流する議員の都合も考えて確保した横浜に移動し、中華街での懇親会に参加する浜田代議士を囲み各市の情報交換を夜遅くまで楽しんだ。
 
 4日は朝食を摂ってからバスに乗り海上自衛隊厚木基地の視察を行う。個人的には
2019年7月16日に全国市議会議長会基地協議会で視察して以来の2回目の視察である。申込が遅かった議員や身分証明書を忘れた議員は基地には入れず、南関東防衛整備局の案内で「ゆとりの森」の視察をしたようだ。そこは2010年4月20日に個人的に視察して議会との共有が必要だと思い2010年7月21日に木更津市議会基地対策特別委員会で視察して江川運動場再整備に繋げた場所であり懐かしい。
 
2.海上自衛隊厚木基地
 視察項目 海上自衛隊厚木基地について
 厚木基地は米軍と共同運用であり写真の撮影に制約がある。資料館の中は撮影して良いと言われたが話を聞いた国防の内容や勤務態勢も含めてアップすることを自粛する。ただ資料館に入る度に厚木基地が所管する硫黄島と南鳥島へ何とか訪問できないものかと思ってしまうのだ。
 視察を終えて昼食を摂り近くの寒川神社を参拝して木更津駅西口で解散したのは16時を回った頃であった。駅前庁舎の6階に上がり議会事務局と決算審査特別委員会での現地調査対象について打合せを行ってから草刈議長に鳥居崎公園の駐車場まで送ってもらい、18時からかずさ青年会議所OB会非公式納涼会の発案者として司会進行をする。
 
 60人を越える参加者があり現役から次年度理事長の紹介があり、港まつりに併せて来訪する台湾花蓮青年商会との姉妹会議のPRなども行われて華やかに9時に納涼会を終える。その後は年代毎に分散し、私も同期と2次会に行き深夜に帰宅して水を浴びて寝た。
 
 5日は5時に迎えに来た車に乗り佐倉・習志野を経て災害ボランティア議員連盟千葉支部の有志を集めて足利市に向かい、先月17日の夜から18日の未明にかけて12時間で232.5[mm]の雨量で発生した住宅被害のボランティア活動を行う。熊本地震で人が減ったかと思ったが、全国からの支援を受け入れているため今でも多くの人が集まり、この日も千葉県組の5人が入って15人ほどで活躍した現場を含め12件のニーズに応えていたことと、足利市社会福祉協議会には佐野市や真岡市など県内の多くの社会福祉協議会が支援に入りオール栃木で対応している姿が印象的であった。真夏の作業なので10分働くと15分の休憩を入れることを徹底するためタイムキーパー担当が入っていた。この日は比較的涼しかったので厳密に守らなくても良いのではと問うと、開設直後に熱中症搬送されたボランティアが3人も出たので神経質に成っているようだ。
 
 軽トラックで15台分ほどの瓦礫等を仮設置き場に搬出して作業を終え、市機材を返却してから15時半に足利を後にして太田市のあべ県議事務所に行く。同じように被害が大きいはずの桐生市や太田市は県外のボランティアを受け付けず、被害が見えなくなっている様子である。他市の災害応援で経験値を高めるべきであるが群馬県側の対応がよく判らない。全国災害ボランティア議連の事務局長を務めるあべ県議は桐生市と太田市の比較検証を行うというのでその成果を期待したい。太田市内で夕食を摂りながら今後の研修などについて意見交換を行ってから帰路に着き木更津に帰ったのは日付が回った後で長い一日になってしまった。
 
 6日は中2日となるラジオ体操を岩根小学校で行い、朝食後に事務所に籠もって雑件を処理し、溜まったHPの更新を行い、来客対応をしてから娘を学童に迎えに行き、その後もHPの更新作業を夜中まで行った。
 
 7日は岩根小学校で畑の雑草を抜いてからラジオ体操を行い、帰宅して朝食を摂り事務所で議会質問の資料等を整理し、娘を学童に送ってから銀行等で所用を済ませてから会派室に入り議会事務局等との打合せの後にコンビニ弁当を食べながら通告前の質問原稿を黙々とまとめる。この日は基地政策特別委員会が午後に開催されているが傍聴せずに作業を続け、午後3時になり江川光明寺に盆供を届けてから娘を学童に迎えに行き、完成した初稿を担当課に送付した。
 
 8日は岩根小学校でラジオ体操を行ってからママさんバレーの資材準備を行い、帰宅して急いで朝食を摂ってから市立体育館に行き設営をするつもりだったが8:30の開会式なのに7:50時まで会場へ入場出来ず門前に人が溢れていた。設営後に車を旧潮見庁舎駐車場に移動し、岩小・西中チームが選手宣誓を行う開会式の写真を撮り、応援席に戻って第一試合になる岩小・西中チームvs清川中学校の対戦に応援を行う。
 
 14-21・21-14という接戦の末に最後の1点を取って2回戦に進むことが出来たが第二試合の高小・岩中チームは22-20・16-21と善戦しつつも初戦敗退となった。我がチームも第三試合で二小・二中チームに敗れ、選手の慰労と撤収作業を行い、午後1時に会場を出て、八剱八幡神社で令和8年8月8日を祝い行われている「八つるぎ八まん日和」を見に行くと境内には長蛇の列で、偶然出会った宮司に聞くと記念の御朱印をもらう行列は駅まで伸びて3時間半も並んだ人が居るとのことである。
 
 Bay-FMのキャンペーンカーも停車され港まつりの直前にも係わらず多くの人で賑わう神社に感心しながら帰宅して、夕方にHPを更新した。
 
 9日は岩根小学校でラジオ体操を行ってから帰宅して事務所の片付けをしながら富士山の荷造りを行い、妻子と供に行動食を購入に行く。娘は旅行のおやつと考え気持ちが高揚している。午後からは自宅の片付けを行い、午後5時過ぎに母に快速列車が停まる袖ケ浦駅まで送ってもらい、八重洲地下街で妻子と供に夕食を摂った後で21時過ぎに出発する富士山登山ツアーバスに乗車し、富士市の仮眠所で雑魚寝した。
 
 10日はバスで標高2,400mの富士宮登山口まで送ってもらい、有料化のために設けられた入山ゲートを越えて登山道に入り7時間45分をかけて標高3,460mの九合目にある萬年雪山荘まで登り、小屋に泊まった。
 
 
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2026年8月中旬の記録