| 自民党大勝に思う | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2026/02/09記 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 昨日投開票が行われた衆議院選挙で私達が応援していた浜田靖一代議士は県内最多得票数(129,997票)で12回目の当選を果たし、個人的には喜びに浸っているが、歴史的な自民党の大勝に関して検討したいと思う。 1999年に始まった自公連立政権は選挙協力を伴う形で進められ、2009年から2012年までの民主党政権で野党に成った時にも続いていたため、今回の連立解消に伴う公明票の減少は選挙区で野党議員と厳しく競り合う自民党議員には影響が大きいと言われ、さらに野党第一党である立憲民主党と公明党が衆議院で中道改革連合(以下「中道」)という政党を立ち上げて選挙に臨む形に成り、解散時点では苦戦するものと考えられていた。 しかし高市総理の国民的人気の上昇で特に参政党や国民民主党(以下「国民」)に流れた無党派保守層を取り返したこと、「比例は公明党に」と言わなくて良くなったことで勢いが強くなったことなど、様々な分析はされているものの、中道が与党批判の受け皿に成らなかっただけでなく多くの支援者が蒸発して崩壊し、連立を組む自民党と日本維新の会(以下「維新」)で選挙協力を行わない中でも地滑り的に殆どの小選挙区で自民党が勝利するという歴史的な結果につながったのである。 改選前は自民党が198、維新が34で与党の合計は232であったが自民党は小選挙区だけで249、比例の67と併せて316となり、2009年に民主党が得た308議席や64.2%の議席占有率の記録を上回り、単独政党で戦後初となる衆院の3分の2の議席に達したのである。これに維新の36が加わるので、他の与党系無所属議員を加えなくても与党の議席占有率は75.7%に達するのである。 今回の選挙は289の小選挙区と11ブロック176議席の比例代表選挙区の合計465議席の争いであるが、大阪府の19選挙区を除く270の選挙区で自民党が失ったものは下表のように22選挙区だけである。 |
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| 22選挙区のうち20の選挙区で自民党議員は復活当選を果たしているので自民党議員のいない選挙区は和歌山2区と兵庫2区だけであり、和歌山2区の世耕氏は基本的には自民党の候補なので自民党は対立候補を出していない。京都2区では連立与党で戦い双方とも議員に当選する事態に成っている。ちなみに前原誠司議員の得票数が小選挙区での当選者における最少得票数であり、最多は奈良2区で高市早苗総理の得た193,708票である。兵庫2区に自民党が候補を出さなかった理由は知らないが与党協力が出来た選挙区という結果で良いだろう。 実質的に野党が勝った選挙区は19だけで二大政党の一翼を担うつもりであった中道は僅か7選挙区で8選挙区を抑えた国民の後塵を拝している。下表のように国民の多数が知っている中道の大物議員でも比例復活したものは長妻昭議員だけという事態に党の復活は叶うだろうかと、他党ながら心配になる。 |
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| 今まで選挙が強かった議員が小選挙区で敗れても前までは比例復活が多かった。しかし今回は名簿上位が旧公明党に抑えられているから惜敗率が高くても復活当選できない議員が相次いだ。下表に兵庫1区の選挙結果を記載するが中道候補は自民党当選者に対して94.39%の惜敗率まで肉薄しながら比例復活が叶わず、3番目の得票であった維新候補者が復活する事態に成っている。今回自民党が積み増した118議席と同じだけ中道の議席数が減っているというのは偶然であるが、公明党議員は24から28に伸ばしており、立憲民主党に限ると148議席が僅か21議席まで追いつめられる壊滅ぶりである。戦場からの退路が建たれ前線に屍が積み重なる有様を見て三国志が好きな友人は「孔明(公明)の罠」と名付けている。 |
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| 自民党も小選挙区との重複候補の大多数が小選挙区で当選を果たすという想定をしていなかったので比例選挙区の名簿が足りず、下記のブロックで議席が余り、公職選挙法の規定で維新や野党に議席を譲ることに成ってしまった。つまり名簿が完璧であれば330議席に達していたのであり、比例選挙区では176議席中で与党95議席に対して野党81議席となるはずが与党83議席に対して野党93議席と逆転され、本来であれば南関東で与党11・野党12であるところが与党6・野党17となり、東京でも与党9・野党10であるところが与党4・野党15となるなど、首都圏では比例選挙区の野党議員が多くなる事態となった。千葉1区で敗れた中道の田島要議員が比例復活したのはこの自民党枠なのである。 |
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| この様に比例区で取りこぼしはしているが全体的に圧勝している自民党であるが、知事選と市長選まで実施した大阪に注目すると下表の様に別の国の選挙結果のように見えてくる。 |
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| 19選挙区のうち自民党が勝ったのは1箇所のみで12の選挙区では復活当選も許されず自民党の国会議員が居ない選挙区に成っている。大阪府以外では前述の兵庫2区だけであるから如何に異様であるか理解できるだろう。隣接する奈良県選出の高市早苗ブームの中であっても2か所の選挙区では自民党が3位に追いやられ、1箇所では候補の擁立すら出来ない状況である。与党で激しく争わなくても良いのにと思うが、自公時代のように相手に頼ると癖になるのでこの様な姿勢は大切なのであろうか。 この状況を見ると連立政権というよりは、イギリスの正式名称である「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」のように「大阪を除く日本及び大阪連合政権」と名付けたくなる。 大阪府知事と大阪市長の信任投票が終わったので大阪都構想は前に進むであろうし、衆議院議員定数の1割減が連立の条件であるなかで与党が大勝した結果、与野党が伯仲する比例区の定数削減は進むであろう。私も176議席を130議席程度に減らしブロックの数も下表の示すように11から8もしくは5程度まで減らすことで選挙区を大きくして1箇所当たりの定数を増やして支持率10%以下の少数政党でも当選しやすくすべきだと思う。 |
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| 改正案2の「北海道・東北・北関東」や「中国・四国・九州」という選挙区は広すぎて選挙期間内に回れないだろうが、近年は直接有権者に逢うのではなくネットによる空中戦が主流になっているし、既存の大政党にとっては比例復活の枠が安定的に広がるという点で都合が良いだろう。 今から32年前の細川内閣の時に小選挙区の導入に至った理由は中選挙区で自民党同士が争い派閥間での疑似政権交代が起きるだけで国民意思が反映しにくいという理屈があった。その考え方に従い、思い切って衆議院は完全小選挙区だけの400議席、参議院は全国区だけの200議席(3年ごとに100議席を選挙)とすれば衆議院のカーボンコピーと言われず「良識の府」の立場を守り切れるだろう。ただし少数政党の乱立となり多くの場合で少数与党に成ることが想定される参議院となりそうなので多くの議案は衆議院に戻されて可決されることに成り形骸化は進みそうである。 ともあれ議席の75%を超える連立政権にはアクセルは有ってもブレーキ役が居ない。維新が単なるアクセルならまだよいがブレーキを解除する役に成ったら大変である。これだけ勝てば4年間は衆議院の解散権を使うことはないだろうから野党の落選議員は長い間の浪人暮らしを余儀なくされるだろう。もう一つのブレーキであった新聞やテレビはオールドメディアと揶揄されて発信力が低下しているので弱体化が進みそうである。 その様に考えると国を諌められるのは補助金という首輪を付けられていても地方議会が頑張り、世論を喚起して間違えない方向に進めるしかないのかもしれない。歴史的な選挙結果を分析しながら、その様なことを考えているのである。 |
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