| 大阪万博に行って | |||||||||||
| 2025/07/16記 | |||||||||||
| 1970年に開催された大阪万博の頃は我が家も仕事が忙しくて余裕が無く、家族旅行をした記憶がない。当時の私は小学校1年生で、確かクラスで一人だけ万博を見に行った同級生が居て、とても羨ましく思ったものである。 1985年に開催されたつくば科学博の頃は大学4年生で群馬県桐生市に下宿しており、研究室の仲間と実験の合間に見に行った記憶があるが、滞在時間は夕方の3時間程度で沢山の実がなるトマトの木を見たことくらいしか記憶に残っていない。 2005年に開催された愛地球博の頃は青年会議所も卒業し羽鳥野の街びらき後の残工事を整理しながら選挙に出る前の時間を謳歌しているころで小笠原島や東北の山等には出かけていたが私の中で博覧会の優先度は低く見に行こうとも思わなかった。 2020年に開催するはずだった東京オリンピックは記念に見に行くつもりで多くの応募を行い幾つかのチケットを入手することが出来たものの世界的パンデミックにより1年延期となった上に無観客でのイベントに成ってしまった。せっかく木更津もナイジェリアのキャンプ地に成ったのに一体感が味わえなかった悔しさが残った。 そして2025年の大阪・関西万博である。開幕前は多くの批判が寄せられ大赤字などと言われていたが入場者数も順調に推移して損益分岐点が射程に入ってくるとともに、気持ち悪いなどと言われていたミャクミャクが人気になり公式グッズが好調に売れロイヤリティ収入が伸びているというから、この傾向が続く限りこの万博は成功したと記憶されるだろう。 私も万博を娘に経験させたくて7月11日と12日の2日間のチケットを購入し、延べ18時間40分ほど会場に入っていた。しかし予約はほとんど取れず、多くの施設で入場制限が行われいるパビリオンも多く、話題になっているものを満足に見ることはできなかったが、個人的には個性的な建築物を見ることが出来ただけで満足するのである。万博の期間だけでなく世界を感じられる街並みが出来たら、横浜の中華街のように賑わうだろうと感じていた。 旅の詳細は別に記載しているので、今回は記憶に残った建物の写真を並べて万博の思い出にしたい。個人的にはギネスブックにも乗った世界最大の木造建築物である大屋根リングの存在感の素晴らしさを感じると終了後に解体することは残念であるが、木造ゆえに腐食の懸念も多く、維持管理費を考えると大阪府に残せと言うことも気が引ける。せめて吹田の万博公園の太陽の塔のようにモニュメントとして後世に何かを残せば、娘が大きくなり子どもを連れて懐かしく尋ねるように成る日が来るだろうと願うだけである。 |
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